2010/04/12

湘南新宿ラインで、海へ!──由比ヶ浜(鎌倉)

2010.3.27
【神奈川県】

 本年の3月に、JR横須賀線武蔵小杉駅が開業しました。
 鎌倉方面へのアクセスが良くなると、楽しみにしておりました。
 JR側としては、東京駅まで17分 290円(東急利用は36分 380円)、新宿駅まで18分 380円(東急利用は24分 340円)、横浜駅まで10分 210円(東急利用は14分 同額)という、速さが売りのようです。
 横須賀線と湘南新宿ラインが路線を共用している、西大井〜戸塚間の本数は充実していますが、結局枝分かれするので(上りは東京方面と新宿方面。下りは鎌倉方面と平塚方面)、発着は頻繁でも乗りたい電車の本数は少ないことになります。
 横須賀線はかっ飛ばして走りますから、地下鉄でウネウネと走られるよりも、気分的には明るいような気がします。
 特に東京駅までは乗り換えもなく、えらく速かったし運賃がとても安い印象を受けました。
 ただ問題は、家からホームにたどり着くまで20分以上かかることです。
 でも、新駅が開業してデメリットは無いわけですから、やはり、郊外へのアクセスが良くなった、ということでしょうか……
 ──東京駅の総武・横須賀線ホームは1972年に完成しました。当時地下5階のホームはめずらしく「すごく深くて遠いホーム」という印象がありましたが、いまどきでは「並」と感じられるほど、東京の駅は「深化」しています。


材木座海岸、由比ヶ浜(Map)


 シラス漁と思われる漁船が引き揚げてきました。
 かなり波打ち際に近い場所を行き来していたので、背の立つ場所でも小魚の群れが見られるのかも知れません(透明度が問題ですが)。
 船を引き揚げるルート上に、ウインドサーフィンのボードが放置されていたのを、かなり乱暴に投げ捨てていましたから、漁師からすればかなりうっとうしい存在のようです。
 引き揚げるウインチの巻き上げ速度がとてものんびりしていて、船を見守りながら浜へ上がるおじいさんの動きが、スローモーションのようでした。
 波間でチャプチャプやってる漁師でも(失礼だなぁ)、おじいさんの存在感からは、誇りのようなものがにじみ出ていたような気がします。

 弧状に続く入江の中央部にある滑川(なめりかわ)河口を境に、東側は「材木座海岸」、西側は「由比ヶ浜」と称されます。
 材木座海岸の東端には、現存する最古の築港遺跡とされる和賀江島の跡が見られます。
 江戸時代末期まで材木等の物資を運ぶ船が使用していました。

 明治時代から別荘が増加し、「別荘族」と呼ばれる人々が海水浴を始めます。
 男はふんどしですが、女性は木綿のワンピースで海に入ったそうです。
 それを「アッパッパ」(歩くと裾がパッパと開くことに由来)と呼んだそうです。
 何という名称かと思いますが、当時の人たちが井戸端でうわさしていた様子が思い浮かぶようです。
 海水浴は西洋から入ってきた習慣で、海中に立てた棒につかまり波に打たれることが体にいいとされ(海水ジャグジーの原型?)、「七里ガ浜」「逗子海岸」が適しているとして、そこから広まっていったそうです。

 個人的には、この付近から「湘南」に含まれるイメージを持っていましたが、神奈川県の行政区域である「湘南地区」に、鎌倉市は含まれないそうです(藤沢市の江の島付近以西となるので、七里ヶ浜も含まれません)。

 なじみのある海ですが(ガキ時分〜高校時代まで泳ぎに来てました)、関心の対象が変わったせいでしょうか、漁業従事者や施設の多いことに初めて気付きました。
 網使用の有無にかかわらず、沿岸の漁ですから、大物を狙うような規模ではありません。
 下写真の洗濯ばさみは、ワカメ等を干すためのモノですが、干されているものを見ると「これで売り物になるのか?」という、小ぶりなモノが干されていました(生育状況によるでしょうが)。
 それでも、漁師小屋がいくつも連なり、テレビアンテナが立っていたりしますから、この海岸での漁は、まだ生活の糧として営まれているようです。


 首都圏から1時間程度なので人も集まってきますし、そうなれば設備も整いますから、季節を問わずウインドサーファーが絶えることはないようです(この季節は向いてないのか、サーフィンは見られません)。
 「今日の風は冷たいですねぇ」と言いながらも、お兄ちゃんたちは海に向かって行きます。
 わたしにはちょっと無理でも、そんな意欲(ロマン)にはエールを送りたくなります。
 でも、漁師のおじさんたちの邪魔はしないようにね……


鶴岡八幡宮(Map)

 タイトルのように海を目指したはずなのに、どうもこれがメインとなった、鶴岡八幡宮の大イチョウです。
 本年3月10日の強風により根元から倒れましたが、3月15日には根元から高さ4mまでが切断され、付近に移植されたました(右写真)。
 そして4月1日には「倒れた元の根元部分から青い新芽が生えた」とのニュースが報道されました。
 この神社側の対応の速さと、世間の関心の高さには驚かされました。

 経験からの推測ですが、神奈川県内で育った子どもたちのほとんどは、社会見学等で鎌倉のこの地を訪れ、大イチョウを目にしていると思うので、「えっ、あの木が!?」と、記憶に残っているのではないでしょうか。
 これだけの関心を集める「木」ですから、神社側の「神木」という表現にも納得できますし、わたしたちには、日本の古代宗教とされる自然崇拝への「素養」が、いまでも息づいているような気がしました。
 周囲から「この木を見に来たんだ」の声を耳にしながら、移植された木と対峙(たいじ)した瞬間は、寺社で仏像等と対面した時に似て、清らかな気持ちになれたことは確かです。
 以前は、大きく感じても、神聖さを感じませんでしたが、「なくなってみると分かるありがたさ」という事のようです。
 伊勢神宮で行われる「式年遷宮(定期的に行われる遷宮:20年ごとに全ての社殿を造り替え、神座を遷す)」などとは違い、言い伝えによると、鎌倉幕府が開かれて以来の世代交代になるわけですから、そんな瞬間に遭遇できたことを「縁」と感じていいのかも知れません……

 4月11日のNHKニュースでも「新芽が次々と成長している」と、その生命力を伝えるレポートがありました。
 その成長を楽しみに訪れる人が増えたなら、神社側もうれしい誤算になることでしょう。

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