2012/01/09

新しい年を祈る──鎌倉、湘南

2011.12.31
【神奈川県】

 年末年始に実家へ帰る際、鎌倉・江の島方面に立ち寄ったり出かける機会が多いので、自分の中では「新年を迎える光景」として定着しています。


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※上地図は以前の「湘南を歩く」の流用です。


鶴岡八幡宮(Map)


 近ごろ鎌倉に関心が向くと必ず思い浮かべる「鶴岡八幡宮の大銀杏(おおいちょう)」なので、訪問の機会を探っていました。
 信仰心は別にしても、この大木に愛着を持つ人は多いと思いますし、ガキの時分から意識しながらも、失って初めて知る「シンボルの偉大さ」に、「再生を見守りたい」祈りのような気持ちが芽ばえてきました。

 倒れたのは2010年3月10日(今年の3月も要注意か?)なので、もう少し大きな幹が伸びているかと思うも、現在はどの幹を育てるか観察中だそう。
 倒れた株の中心には、水や肥料(?)を送り込むチューブが配されていますから、神社側の取り組みにも並々ならぬ熱意が感じられます。
 また機会を作って来ちゃいそうです……

 参道の若宮大路沿いにある材木屋のディスプレイ(木材にペイントしたもの)で、後の用途を見こした粋なはからいに見えます。
 ここに飾られた木材が住宅用の建材に使われるとすれば、新春を祝った木材が持つ縁起の良さが、建築中の無事故や家屋・家族息災の祈りにつながると、好感されることでしょう。
 わたしにはそんな機会は無いとしても、できることなら、こんなディスプレイに使用された木材を使用して家を建てたい、と思ってしまいます(「うちには龍の守り神がいる」と言ってみたい)。
 こんなはからいは正月だけと考えると年に1セットだけなので、希少品として人気がありそうな気がします。


片瀬海岸(Map)

 「年に一度しか会えない娘たちも大きくなりました」としたら「ずいぶん遅かったんですね」とか言われそうです……
 年末の片瀬海岸(江の島に面した浜)でのお決まりの絵ですが、「行く年・来る年」のような「大きなひと息」をつく時には、広い空や海に対面していると、踏ん切り(意気込みくらい言いたいところです)が付けやすいのだと思います。

 2011年を振り返ると、1995年の「阪神・淡路大震災」で土木や地震研究の認識がひっくり返されたショックをはるかに超える衝撃に、声を失ったことが最も印象に残ります(放射線汚染は重大な過失で、それこそ「想定内」とできなかった国が補償すべき問題。それと被災地支援の遅れは別次元の問題)。
 一応地震を学んだ者として、考えもしなかった規模の巨大地震発生に、その説明を聞けば「可能性は低くもそれは理解できる」という、「想定外」を連呼する連中と同じであったことに、無力感を覚えました。
 今後も、微力であれ自分にできることを探り続ける姿勢を忘れないように、と思えてならない年でした……


2012.1.1

片瀬海岸(Map)


 新年も昨日と同じ片瀬海岸(江ノ島水族館脇)からスタートです。
 昨日、ガキ時分から親しんできた「旧江ノ島水族館」の建物が解体されたことを知り、国道134号(渋滞名所)をくぐる地下道(アートトンネル『アクアパラダイス』とされたそう)の様子を見ようと足を運びました。
 旧水族館側はさら地とされ分かりませんが、海側の旧マリンランド(ショー向けに客席のあったプール施設)側には、閉ざされた入口が残されています。
 しかし地下道ってどうやって埋めるんでしょう? お金はかけられないとしても、上に道路が通るのでいい加減にできませんよね。

 先日「藤沢市、津波緊急避難所協力施設を多数確保」のニュースを目にしました。
 切実な課題に着目して国道沿いを歩くと、無理と思ったラブホテル(右写真左下)まで協力している様子に成果が見受けられますが、そこには周辺住民の切実さがあります。
 小田急線片瀬江ノ島駅周辺には、10階建て以上の建物が増えていますが、国道134号沿いには高さ制限があるようで、中層程度のマンションが建ち並んでいます。
 建物の多くは協力的ですが、高級そうな建物は非協力的なようで「非人道的施設」のレッテルを張るにしても、津波からの避難という視点で湘南海岸を見渡すと、避難所とできそうな建物は限られていることに気付かされます。
 その実情を知る周辺住民の不安感が、津波緊急避難所を増やそうと活動し、藤沢市の腰を上げさせた実態が見えてくる気がします。
 ですが、夏の海水浴シーズンに津波が押し寄せる事態に遭遇すれば、周辺住民や海水浴客は避難施設が少ないために逃げられず、みな波にさらわれてしまうかも知れません……
 これは不安をあおって注目を集めようとする週刊誌(ポスト、現代等)のネタではなく、周辺住民が直面する切実な現実です。


 昨日の大晦日同様、元日の海も「ベッタベタのなぎ:おだやかな海」なので、オットセイ(サーファー)の頭数は少数になります。
 それでもあきらめきれない黒装束たちは海をにらみ続け、何かの兆しを目にしたのでしょう、自転車ばかりかボードを抱え駆けてくる兄ちゃんもいます。
 そんな「兆しを感じた」連中には、あきらめて帰途につく姿は目に入らないのかも知れません。
 だから、今日は無理だって!


2012.1.2

母校近くの乗馬クラブ(Map)

 現在たずさわる乗馬関連雑誌で、出身高校の近くに乗馬クラブがあることを知り、一度行こうと思っていました。
 正月休みで「本日休業」の札が下がるも、門が開いていたので勝手にテラスまでズカズカと上がりましたが、人影はありません。
 馬の世話に正月はないので世話の方がいたのでしょうが、断り無く写真を撮れないので、敷地外からの写真になります。


 ここは相模原市麻溝台という地域で通学当時は、医療研究で注目される「北里大学病院」、青木功、尾崎将司等が出場する大会を開催する「相模原ゴルフクラブ」、広大な敷地を有する「日産自動車の部品工場」があり(上述はみな現存)、「税金を払ってくれるなら、好きに使ってくれ!」というような郊外の荒れ地でした。
 当時はこの付近の農業従事者は元気でしたから、乳牛の牧場が高校に隣接し(風向きによっては「窓を閉めろ!」の事態もしばしば)、現在の乗馬クラブ付近には養鶏場が建ち並んでいましたから、住宅地として開発するには時間を要したと思われます。

 後年、田園都市線「中央林間駅」の名が広まりますが、その名の通り付近一帯は雑木林が広がる台地でしたから、ガキ時分にはセーターを枯葉だらけにして走り回っていました。

 高校の通学時に自転車で通り抜けた薄暗い印象の雑木林に自動車道路が通されることとなり、当時は「この雑木林は消える運命か?」と思いましたが、今回、道路以外は何ら変わらない姿を目にし「ビジョンある開発」だったことが理解できました。その新しい道路が乗馬クラブ前に至ります。
 相模原市は政令指定都市に昇格(2010年移行)しますが、以前の環境を守ろうとする「のんびりした土地柄」が保たれるようですから、「米軍基地にも寛容なのか」と思ってしまいます……

 立ち寄れませんでしたが、この付近にある「宇宙科学研究所」では、小惑星探査機「はやぶさ」の管制業務が行われました。
 何でこんな地に? ですが、以前その一帯には「淵野辺キャンプ」とされる米軍施設があり、1974年の返還後からさまざまな施設の建設ラッシュがあり(プロ野球も行われる「相模原球場」を以前利用しました)、国のあっせんで誘致されたようです。
 管制施設はともかく、ガキの時分から耳にした「淵野辺キャンプ前」というバス停名が「宇宙科学研究所入口」とされたことは、「(テントを張るような)キャンプ場はどこにあるの?」→「はやぶさの基地だよね!」の認識に変ぼうしたのですから、どれだけ明るくなったことか!
 ──ガキ時分に「グレーゾーンの不可解さを経験すること」は、悪いばかりとは言えない気もしますが……


2012.1.3
【東京都】

箱根駅伝─復路@田町駅前(Map)


 「見にいこう」の関心を持ち箱根駅伝の中継を眺めつつ「蒲田の踏切か」と、目を離したすきに「エッ、田町の駅前?」と降りていくと、「テレビの画面と一緒だ(?)」の印象と、その臨場感から気持ちが高揚していく様が自覚でき、スタジアムの興奮が「晴れの舞台」として町中に出現することに驚かされました。
 沿道の応援も、ランナーが見えた場所から盛り上がるウエーブのようですから、通りがかりの人もその波に足を止め注視してしまうランナーたちの懸命な姿が、目の前を駆け抜けていきます。
 でも「これじゃ、横断歩道の信号は変わらない」と陸橋に向かうアベックもいますが、周囲の熱狂的な応援を前にすると「引き下がるしかない」と、白旗を挙げるしかないようです……

 この歓声を受け駆け抜けるランナーたちの気分は最高でしょうが同時に、毎年目にしてしまう実力を発揮できなかった選手の姿を思い起こします。
 おそらく箱根駅伝は、他の競技会や大会とは違い格段に注目される大会のため、プレッシャーや緊張、そして応援の迫力に舞い上がったりしたのでは? と、この場に立って初めて思い至りました。
 箱根駅伝ではメンタルトレーニングも重要であると知り、プレッシャーや声援を力にできる選手たちのたくましさに改めて驚かされました……


 追記
 こんなBlogですが、丸5年続けたことになります。
 決しておもしろいとは思えませんが、歩き回ることは好きなので、そこで撮った写真を公開するには「説明文:絵解き、キャプション」が必要と思ったものが、文章も長くなりがちです。
 これからも雑感、関心、興味のおもむくまま「いい出会いはないか」とブラブラしながら、自分なりに感じたことをつづっていくつもりです。