2008/08/25

これが未来──みなとみらい

2008.8.22
【神奈川県】

 みなとみらい


 近ごろではトレンドとなりつつある高層マンションが、埋め立てられたさら地に一棟では心細いのか「みんなで建てれば怖くない」のか分かりませんが、時を同じくニョキニョキとここ数年の間に建ち並びました。
 同じ港町の神戸にも人工島に作られたマンション群があります。どちらがいいかは分かりませんが、横浜は地続きの埋め立て地に高い建物が並んでいるので、圧迫感があるように思われます。
 この光景からわたしは、山田洋次監督の映画『息子』(1991年)のなかで、田舎で一人暮らしの父親を心配する息子がようやく購入したマンションで一緒に住もうと持ちかけるも、部屋の窓からは林立する建物のベランダや窓しか見えない、というシーンを想起してしまいました。
 わたしにとって、それは「絶望的な光景」として忘れられないでいます。
 見晴らしがいいのは前に建物のない(将来は分かりません)海側だけで、花火大会も見られないでしょうに、と思うのですが……
 埋め立て地という不安定な場所ゆえ(神戸地震で液状化現象があったのも埋め立て地)、格安ならばある程度理解はできる気がするのですが……
 それが「みなと未来人」の感性だとしたら、わたしは古代人のまま終わりそうです。

 横浜美術館は現在、展示替え等の準備中なのか「常設展だけですがよろしいですか?」と念を押されながらも入ってみると、展示室が2部屋と写真展が1部屋しかありません。500円でも、これじゃちょっとなぁー。
 8階に展望が開けるスペースがあり開館当時は喫茶店だったと思うのですが、閉鎖されてからは立ち入りもできなくなっていました。
 今日は入れるとのことで喜んで上がっていったのですが、付近の不動産屋の展示スペースになっていました。
 以前のように見晴らしは開けていませんし上写真を撮るくらいですから、感激も無くなってしまいました……


 臨港パーク


 まだまだ空き地はありますから、「売却予定」の看板が立っていたり、大きそうな建造物を工事中の区画があったり、アンパンマンミュージアムや、マリノスタウン(グラウンド等のスポーツ施設)等の新しい施設が続々とできています。
 パシフィコ横浜(展示場)の目の前に、周囲から比べると背の低い建物で、ファミリーレストランなどの飲食店が集まった一画があったのですが、全部取り壊されてフェンスで囲われていました。
 その一画は、期限付きで貸し出されていて、周囲の環境が整ってきたところで売りに出されたのでしょうか? 横浜市がそこまでのビジョンを持って運営しているのか、仲介業者が絡んでいるのかは分かりません。
 と言うことは、この地区の低めの建造物である映画館やショッピングセンターも将来、高層の建築物に建て替えられるということなのだろうか?
 自治体のくせにスゴイ商売をしている? とも思ったのですが、税収が増えたおかげで横浜市は47年ぶりに地方交付金を受けない自治体になったということですから、「魅力を高めて、人を呼び寄せ、税収を上げる」という自治体の取り組みとしては、優等生であることは確かと思われます。
 市から出るゴミ自体を減らして(クレイジーケンバンドにも歌を依頼してキャンペーンした)ゴミ焼却場の数を削減したというのも、素晴らしいことだと思います。
 東京よりも暮らしやすい町であることに気がついた人が増えたと言うことかも知れませんし、文化も感じられてわたしも好きなのですが、これが「みなとのみらい」と言われても、素直に納得はできません。
 「みらい」のイメージとは、もっとまばゆいものではないかと思い込んでいるわたしは、あまりにも楽天的と言うか子供じみているのでしょうか……
 ──それでも「外に開けている」イメージがあるからでしょうか、新しい大桟橋だけには夢を感じることができます。
 上写真:臨港パークよりベイブリッジを望む。下写真:ぷかり桟橋付近。



 万葉倶楽部

 天気が下り坂とのことで金曜に来たのですが、本日も結構重たい雲に覆われており、話題も写真も明るいものがありませんでした。
 まあ、そんな日は風呂にでも入ってのんびりしようと入浴施設へ。涼しい陽気だったのでちょういい具合でした。
 ここは、熱海と湯河原の温泉からお湯を運んでくるそうで、屋上(右写真)には360度の景色を眺めながら足湯につかれる施設があります。関西と違って、ここは回りません。料金はちょっと高めですが、仕方ないところか……
 ビルの7階に露天風呂があるのですが、開店当時(3年前)その露天風呂のガラス柵の前で従業員の方が立ったりしゃがんだりと港の方を見ながら「あっ、やっぱり見えるわ」と……
 建物の海側には公園があって、そこからこの露天風呂の「迷惑な姿」が見えるとの苦情が寄せられたそうです。
 その時は「柵に近づかないでください」の張り紙をしていましたが、いまでは半透明のフィルムが貼ってありました(完全に不透明にすると景色が見えなくなってしまう)。
 苦情がいくらあっても見晴らしがいいので、自身のある方(?)や露出狂(?)は、そこから下をのぞき込みたくなるようです。
 「女湯はどうなんだろうなぁ?」との声の心情も分かりますが、下から見上げようという勇気はありません。男女それぞれに、迷惑なものは迷惑ですよね!?
 でも、女湯の方がベイブリッジ方面などの景色はいいはずです。行かれた方は、女湯からの景色についてお聞かせください。

2008/08/19

埋もれゆく尖塔──関内、馬車道

2008.8.15
【神奈川県】

 神奈川県庁:キング、横浜税関:クイーン、開港記念会館:ジャック

 横浜中心部の建物には、塔のようにとんがった建造物が多く、印象としては「チェスの駒」が散在しているように思えるのですが……
 横浜三塔と呼ばれる「キング:神奈川県庁(右写真左下の赤レンガの建物)」「クイーン:横浜税関(右写真右側の建物)」「ジャック:横浜市開港記念会館(右下写真の時計台)」のネーミングはトランプからきているそうです(チェスにジャックの駒はないそうです)。
 もとはと言えば、海から入ってくる船の目印的な役割のために、遠くからでも目立つような建物を作ったものと思われます。
 説明には、右のクイーンは税関なので国の建造物になり、左のキングである神奈川の県庁よりも低い建造物では威信が保てない、などの理由からこのような構図になったとありました。

 昔の航海では、陸地の特徴的な山や大きな建造物を目印に「やまたて」という方法で船の位置を把握していたので、この横浜三塔ができた当時これら以外に目印にできる建造物は存在せず「港のランドマーク」として、愛着を持って呼ばれていたことと思われます。
 上写真は海側から撮ったのでまだマシなのですが、陸側から見ると手前の建物にじゃまされて、すぐ前に来るまで見えなかったりします。
 ──小学生時代の社会見学で初めて県庁(キング)を目にしたのですが、3階あたりにある新館との渡り廊下が下のバス通りをまたいでいたことに驚いたのを、いまでも印象深く覚えています。
 右写真のジャックは海に面しておらず、周りをビルに囲まれていてそれを避けるのはちょっと難しい状況です。

 場所は違いますが、右写真で古い建物と現在の建物を比較すれば一目瞭然で、まるっきり建物の高さのケタに対する思想の違いが分かります。
 確かに以前の建物は、高くて4〜5階の母屋から塔がそびえている程度の高さしかありませんから、いまの時代に周囲は低いビルにしなさいなどという規制は、何も建てるなと言うに等しい状況です。
 この現状が悪いとも言い切れませんし、横浜の地で何が何でも古い建物の景観を守れだなんてちょっとピントが外れているかも知れません。
 背景にマンションが写り込んでしまう京都宇治の平等院とは意味が違うと思うので、どこかで接点を見つけるべきなのでしょうが、なかなか提案も難しいと思われます。
 町なかの観光資源ですから、どうしたら開発と景観保護の両立ができるのか、市民のみなさんのアイディアに期待したいところです。
 それにしても、昔の建造物には味がありますよね。


 馬車道


 上写真は馬車道に復元された水飲み場のモニュメントです。
 馬車道とは言え、牛車も通っていたことをアピールしたいようですが、「牛車道」ではインパクトに欠けると思われます。それも史実として認識しておきましょう。
 右写真は県立歴史博物館の塔の陰ですが、この建物が横浜で最も重厚な歴史的建造物ではないかと思われます。
 前回紹介した元町の厳島神社は、もとはこの近くにあった弁天様を移したものだそうで、博物館脇の弁天通にその名を残しています。
 ここは県立の博物館なので、神奈川県として胸を張れる鎌倉幕府についての展示も多くあり、それらを見ているとまた鎌倉を歩きたい気持ちが高まってきました。夏の人出が少なくなってから行こうかと考えています。


 工作船展示館


 記憶されている方も多いと思われる、2001年12月に東シナ海で起きた海上保安庁の巡視船との銃撃戦で沈没した北朝鮮のものと思われる工作船が、赤レンガパーク隣で展示公開されています。(上写真は工作船に残る弾痕)
 海上保安庁の好感度アップにつながった「海猿」の舞台となった桟橋での公開は、保安庁への人材的求心力には水を差すかも知れませんが、目の前にある現実をより多くの人に見てもらうにはとてもいい立地と思われます(若い人たちも結構見学していました)。
 ──晴海での最初の公開も見に行ったのですが期間が限定されており、もっと多くの人に見てもらうべきと、全国での巡回展示を提案したいと思っていたのですが……
 多くの人に見てもらって事を荒だてようなどとは考えてはいませんが、平和ボケと言われる日本人としては見ておく必要があると思われますし、これを見てから、どうしたらこのような事態を防げるのかを考えるべきではないかと思います。


 赤レンガ倉庫


 訪問前の心境として、舞鶴の赤レンガ倉庫群を見た後ではインパクトが弱まっているのでは? と心配していたのですが、ここの建物の方が大きい印象がある、というものでした。サイズについての詳しい数字は分かりませんが、2棟しかないのに存在感を示す姿には、なるほどと納得いたしました。
 キッチリと修復して、中にも店舗などが入っていて活気があるからかも知れません。
 何年か前にトリエンナーレなる展覧会で来たのですが、展示物よりも倉庫という舞台が一等賞との印象がありました。
 今年が開催年らしく、またそんな視点で観に来ようかと思っています。
 ──それではあまりにも失礼に過ぎるだろうか?


 横浜スタジアム

 テレビはそれほど見ないのですが、近ごろはオリンピック中継ばかりでニュースもまともに見られません。
 応援はしようと思うのですが、見始めるとついつい最後まで見てしまうし熱くなってしまうので(実況の声も騒がしいし)、見終わるとどうも疲れてしまうこのごろです。
 そんな時にとても助かるのがローカルのTVK(テレビ神奈川)のベイスターズ中継です。
 今年は特にだらしなく「プロ失格」やら「やめちまえ!」の罵声を浴びせられながらも、オリンピック中継の裏で淡々と消化試合(?)をこなしています。
 いやぁ、今の時期一番落ち着けるテレビ番組と言えるのではないでしょうか?
 ──ファンの方に怒られても仕方ありませんが、もう少し頑張りましょうよ!(右写真:横浜スタジアム)

2008/08/12

折衷(せっちゅう)で平和貢献を!
   ──山手、元町、中華街

2008.8.9
【神奈川県】

 山手への坂道を登りたくないのでバス路線を調べてみると、付近を通るのは保土ヶ谷〜桜木町の路線だけなので、降り立ったことのない保土ヶ谷駅からのルートを選びました。──いい路線に乗ったと思っています。
 山手という場所は山あり谷ありの凸凹の地域で、坂を上がったと思ったらすぐ下るような坂の町で、とても住みやすい場所とは思えないようなところです。
 そんな狭い尾根の上には大きな道路は作れませんから、バスが通れるの? という道を対向車とゆずり合いながら走っていきます。道が狭いからといってバスなどの交通手段が無くなると、生活に困ってしまうような一帯です。
 車内のお年寄りの話「出るのがおっくうだから、目についた物をついつい買っちゃっていつも荷物になっちゃうんだよ」と、本当に重そうな袋をいくつもぶら下げて降りていきました。
 いくら不便であっても高いところに住みたい気持ちというものは、住んでみなければ分からないものなのかも知れません。


 山手 イタリア山庭園 外交官の家


 しかし現代の「高所好き」の人々は、高層マンションに住むことで山手をも見下ろしています。
 数年前に工事中だった石川町駅前のドでかいマンションが完成しており、本庭園のテラスからの眺めがすっかり台無しになっていました。
 ──ここからの景色好きだったのに…… フェリス女学院あたりの階段からもバッチリ視野に入ってしまいます。
 近ごろはここよりも山下町(中華街から山下公園周辺)付近が高層建築物の建設ラッシュというような状況になっています。
 確かにみなとみらい線の開通により、渋谷や東京メトロへの便が良くなったのですが、横浜散策の目印であったマリンタワーが海側からしか見えなくなってしまいそうな勢いです……


 この家が建てられたころは、ロッキングチェアーに揺られて窓の外を眺めていたのでしょうが、マンションなど眺めてもねぇ……
 と思っていたら、もとは渋谷に建てられていた日本人外交官の家が移築されたそうで、アメリカ人の建築家によるアメリカン・ヴィクトリアンという様式だそうです。
 明治時代この地にはイタリアの領事館がおかれたことから「イタリア山」と呼ばれていたらしく、そこを「イタリア山庭園」として整備した後に、渋谷から日本人が住んでいた「外交官の家」を移築してきた、ということのようです。
 そんな経緯なので、何かしっくりとこない気もしますが、看板にウソは無いようです。
 そう言えば、神戸にも日本庭園内にいろいろな国の洋館が移築されていたところがありましたっけ(相楽園)。
 そんな「折衷好き」を日本人の特質ととらえれば、ある意味「合理的」「友好的」「おおらか」ともとらえることができるので、世界における日本の役割が見えてきたりしませんか?
 そんなことで平和活動ができるか、の声もあるかと思われますが、複数の要素を共に引き立てることにたけた民族性は、他ではあまり見られないように思われすのですが……
 ──それはどこかの国のようなコピー文化ではありません(別にオリンピックを妨害しようとするものではありません)。


 元町 厳島神社

 元町という土地で育った人たち(ハマッ子)は、仕事を楽しんでいそうだなぁ、と感じることがあります。
 広い土地などの無い商売の町ですから、海外からの刺激を受けて、それをどう商売に結びつけようかと工夫をする。
 それをハイカラな物には目の肥えた近所の人や外国人たちから批評・注文を付けられ、さらに工夫を重ねることで現在の「おしゃれブランド」を作ってきた町ではないか、と思えるからです。
 わたしが好きと思える町としては珍しいおしゃれな町なのですが、横浜発ではあれ「ブランド」には違いなく、そういったお店に集まる人たち(女性)の気取った姿がどうも好きではないので(「ブランド」も「気取り」も文化ではあるとは思うのですが)、ここでも裏道へ入ってしまいました……
 写真の厳島神社はもともと海辺にあった弁天様を移築したそうで、ちょうどフェリス女学院のがけの下あたりになります。
 ちょっと構図は悪いのですが鎮守様周辺の夕方の風景で、お祈りをする方とブランコで遊ぶ少女は無関係と思われます。
 ──商店街の裏にある黒澤明監督ごひいきだったお店の素っ気ないたたずまいが印象に残っています。


 中華街

 人込みが嫌いなクセになぜか中華街はOKで、もし歩きながら食べている饅頭などのソースを付けられたりしても「中華街じゃしょうがないか」と流せるのでは? とすら思えてしまいます。
 活気やバイタリティだろうか? 毎日がお祭りのようだから?(お祭りの人出は好きではない) 食欲か!?(中華好きです)
 歩いているだけでも表情が緩んできてしまう町って、なかなか無いと思います。
 栄枯盛衰はもちろん、入れ替わりはあるにしても、これだけの店と人が集う町が栄え続けていることに、スゴイと思う前に「儲かるんだろうなぁ」と思うヤツは「コナクテイイヨ!」と言われてしまうかも知れません……
 でも、満足したときは「おいしいー!」と、ちゃんとリアクションしますから!


 上写真は関帝廟(かんていびょう 前回の間違え修正済。三国志の関羽をまつる商売の神様)の屋根ですが、下の方に鯛やイカのオブジェを見つけよく見てみると、下から海〜人間〜陸(象や虎)〜天(龍)の生き物が並んでいます。
 これは華僑の人たちの世界観になるのだと思われますが、最初に目にしたとき「どんな魚料理が出てくるのかなぁ?」「食べたいなぁ!」では関羽に怒られてしまいそうです。
 でも、そんな「(食)欲」を否定する町ではないと思えるところが好きなのかも知れません。
 時事的な表現というか「これでいいのだ!」ってホッとする言葉だったんですね……

 何軒もはしごできるとは思えませんが、円卓を回せる程度の人数を集めて「中華街満腹ツアー」に行きませんか?


2008.8.7
対決 巨匠たちの日本美術──東京国立博物館【東京都 上野】

 京都で出会った長谷川等伯の絵を観に行ってまいりました(京都とは違う絵)。
 運慶、光琳、若冲(じゃくちゅう)、芦雪(ろせつ)と、今さらながらマイ・チェックリストに加えることができ、これからもまた広がっていくことを楽しみにしております。

 別の部屋で開催されていた「六波羅蜜寺の仏像」で「平清盛像」と再会しました(空也像はありませんでした)。
 像を所蔵する六波羅蜜寺の悪口を言うものではありませんが、所蔵庫が狭かった印象と、こちらに運び出す際にきちんと手入れされたせいかも知れませんが、清盛像が別物のような光を放っている印象を受けました。
 文化財を所蔵する寺社はどこも、ここのような環境で保存せよとは無理な話に思えますが、でも伝え・守られてきた場所にきちんとした設備を整えて保存することが、最も鑑賞に適した環境になるのではないかと思われます。


 上写真は博物館隣にある「寛永寺」の「虫塚」で、写生のために使用した虫の供養に建てられたそうです。
 上野寛永寺は徳川家の菩提寺で、篤姫の墓もここにあるそうです(非公開)。
 大河ドラマを見るまでは、この前を何度通ろうが立ち寄ろうともしなかったのにね……

2008/08/05

「イ〜ネッ!」って?──本牧

2008.8.2
【神奈川県】

 横浜港シンボルタワー


 横浜港の入り口に立つ大きな灯台(航路標識&展望台)になります。
 昼は建物からの反射する光、夜は街明かりを背にしているので信号設備は目立たせようという工夫は必要と思われれますが、ここやマリンタワー(も航路標識&展望台)よりもベイブリッジの方がはるかに存在感が大きいと思ってしまうのですが、海のルールがありますからね。
 港湾施設というものは国の管理下に置かれていると思っていたら、自治体(横浜市)の管轄施設なんだそうです。同じ目的と思われる灯台ですが、港の内と外(海上保安庁)では管轄が違うようです。
 ──そう言えば、はるか昔に海の仕事をしているころに受験した資格試験にも、沿岸と港湾の2種類ありましたっけ。
 自治体が管理をしていればその運営を外注するのも勝手なようで、この施設の管理運営は商船三井興産(株)が行っているそうです。確かに商船三井くらいであれば、手抜きなどはできないでしょうけれど「ヘェー!!」です(もう古い?)。


 ってことは、国際港(大きな港はみなそうなります)に存在する国の機関とは、税関(検疫を含め)と海上保安庁(海上警察)だけになると思われます。そんな港で地元の船主なんかを取り込んでしまえば、実際はそんなことないのでしょうが、密輸なんて簡単にできそうな気がしてしまいます。何かいい加減じゃない? それでいいのかなぁ? と改めて思ってしまいました。
 ──確かに与那国島にも公民館程度の税関がありましたもの。あんな田舎の島で国の秩序を守る防波堤の役割とは、責任重大だよなぁ……


 本牧神社

 そんな港町という土地柄「あぶない刑事」の刑事たちは忙しい日々を送っていたわけなのでしょう。さすがに現在では撮影に使われたロケ場所の面影は失われたようです。
 いまどき本牧といえば「イ〜ネッ!」のクレイジーケンバンド(本牧出身)になると思うのですが、最近は見かけませんね。
 ですが、歌の内容のような「ちょい悪オヤジ」では済まなさそうな不良オヤジ的なやから(怒られるぅ)が、大きなアメ車のオープンカーで走っているのを見かけます。自動車もオートバイ(ハーレー等)もアメ車好きが集まる場所なのかも知れません。
 本牧は戦後米軍に接収され、住宅地としてフェンスで囲まれていた場所で、1982年の返還により再開発されマイカル本牧や、マンション群、高級住宅地が整備されたそうです。
 ──先週の根岸の高台にはまだ米軍施設が残されています。
 そんな経緯からアメ車関連の流通が盛んでファンが集う場所になったであろうことは、理解できます。
 整備された高級住宅街(とのふれこみ)をアメリカ風というかは分かりませんが、ここに住みたいと思う人がいるということは、わたしにはちょっと理解できません(失礼ながら笑っちゃいました)。
 ──レンガ造りかは不明ですが、サンタが入れそうな煙突付きのカラフルな外壁の家が整然と並び、駐車場は各戸完備でも猫の額のような狭い庭を垣根が囲っています。
 確かにフェンスで囲われているよりは格段にいいと思いますが……

 そんな(日本的)高級住宅街の中央部に本牧神社があり、参道をイメージして作られたと思われる緑地帯がバス通りまで続いています。
 おそらくこの日「お馬流し (おうまながし)」の神事が行われるようで、祭りばやしが響き、はっぴを着た不良オヤジ(のように見える人たち)が息巻いておりました。ここも返還されてから建て直されたものと思われます。
 ──よく見えないかも知れませんが、のぼりの文字の格好良さは以前からの流れを受け継いだものと思われます(右上写真)。
 そんな取り合わせがわたしには奇妙に感じられたのですが、それも和洋折衷を気にしない日本的感覚である、と言えるのかも知れません。

 それにしても開業当時から疑問に思っていた「マイカル本牧」(ショッピングセンター&シネマコンプレックス)ですが、映画館は経営母体が変わり、山側の商業施設はみな巨大な廃墟と化していました。
 返還時期がちょうどそんな頃であったバブルのなれの果てとはいえ、これからどうしたらいいんでしょうね(商業モードは全部みなとみらい地区に奪われてしまったそうです)。地下鉄(みなとみらい線)を伸ばしても新たな発展につながるとも思えないのですが……
 機会があれば紹介したいと思うのですが、横浜市にはこれ以外にも多くの米軍施設があり、返還予定のものもあります。
 まだ、返還後の本牧再開発の成否を語る時期ではないのかも知れませんが、「基地の土地を返せ!」と叫びながら同時にその「虎の子の土地」の有効な利用方法(高級住宅街用に売るばかりでない)を、市民と一緒になって考えていくべきなのではないか、と思ってしまいます。
 是非とも、みんながよろこべる使い道を考えてください。

 右上写真は、新山下付近からのベイブリッジと、改修中のマリンタワー。