2010/05/17

砂と生きる──辻堂、茅ヶ崎

2010.5.01
【神奈川県】

辻堂、茅ヶ崎(Map)

 前回の、鵠沼海浜公園スケートパーク付近から相模川河口まで、「湘南海岸 砂浜のみち」という遊歩道が整備されています。
 全長は8km(小田急線片瀬江ノ島駅付近までを含めると10km程度)ありますが、ズーッと砂浜に沿って歩ける道です。
 確かに歩きではあるものの、平坦な舗装道なので歩きやすく、晴天で風のない日などは、気持ちいいので休まず歩いたりしますが、海辺ですから日焼けにはお気をつけ下さい。

 ここは辻堂海浜公園で、ジャンボプールや交通公園等がある広い公園です。
 連休の凧揚げ大会の準備でしょうか、一般人では扱わない大きい凧を揚げていました(訪問したのは連休中です)。

 この地域には公園のほかにも、小学校から大学までが集中していたり、大きな公団住宅や、ゴルフ場まで隣接していることから、大規模な開発が行われたように見受けられます。
 訪問時には、前回の鵠沼のような沼地が広がっていて、大規模な地盤改良によって開かれたと思っていましたが、調べてみると、以前ここには米軍基地があったと知り、驚きました。
 軍関連施設としての歴史は長く、江戸時代の銃術鍛練場から、明治時代には海軍の演習場とされ、砲術試験場および陸戦演習場となります。
 第二次世界大戦後に接収され、在日米海軍辻堂演習場となり、この地での演習から、朝鮮戦争の局面を変えた「仁川(インチョン)上陸作戦」の成功が生まれた、と伝わります(マッカーサー最後の賭けと言われます)。
 演習場が返還されたのは1959年で、それまでシーサイドラインの国道134号線は北側を迂回しており、沖縄や福生と同じ状況でした。


 上の烏帽子岩(えぼしいわ)は、米軍演習の標的とされ、岩の先端が欠けてしまい現在の姿となったそうです。
 江戸時代も、大筒稽古の標的としたそうですから(で、当たったんかい?)、米軍だけを責めるわけにもいきません。
 沖縄では、現在でも鳥島や、無人島が演習の標的とされており、そこでクラスタ爆弾が使用されたと耳にします。
 軍の兵器は野蛮に違いありませんが、近ごろは、基地移転問題に敏感になった「アレルギー反応」が広まっているように思われます。
 米軍はイヤだが、国土を守れるとは思えない自衛隊なら歓迎なのだろうか?
 ならば国民にも、外国から攻められない工夫を考える義務があるし、愚案であれ提案する姿勢が必要になります。
 安全保障について、真剣に考えるいい機会ではないか、とも思います。
 ──昔の琉球王国は、最小限の武力しか備えていなかったため、大和(日本)に蹂躙されたままの状態で、歴史を重ねています……


 上写真は、防砂柵を越えて砂がたまる様子を示したい絵です(奧は江の島)。
 今年の正月に歩いたとき、遊歩道の一部はほとんど砂に埋め尽くされてしまい、自転車では走れない状況でしたが、この日は片付けられていました。
 まずは遊歩道の掃除が求められますが、防砂林を横断する道等は後回しにされており、遊歩道と防砂林の間に砂の山が残されていたりします。
 加えて、砂浜の防砂柵にたまった砂の除去が必要ですから、別の対応が必要になります。
 片瀬海岸では、海の家(いまどきはビーチハウス?)建設準備のため、ショベルカーやブルドーザーで整地していました。

 少し場所は離れますが(茅ヶ崎のサザンビーチ近く)、ここでは、砂浜が浸食されてしまうので、大量の土砂が運び込まれ砂浜の「養浜事業」が行われています(写真奧の砂山は運び込まれたもの)。
 この付近の砂浜は、相模川から流れ出す土砂によって形成されたと考えられています。
 昭和30年代から、ダム建設や、砂利採取、都市開発が進み、土砂の流出量が激減します。
 その相模川系のダムで、最も土砂のたまる相模湖(相模貯水池)から、直接土砂を運び込んで砂浜を守ろうとしています。
 双方に必要な応急措置とは言え、お金を掛けすぎにも思えます。
 建設した構造物を壊すわけにもいかないので、将来的にはヘッドランド(人工岬:砂浜の浸食を防ごうとする取り組み)のような施設で、砂の流出を食い止めるような対策がメインになることと思われます。
 ──日本三景とされる「天橋立」では、砂の流出を食い止める堤防を作ったため、「天の串刺し」などと酷評されましたが、徐々に砂が堆積しているようです。

 そのような、砂との果てしない戦いを目にすると、安部公房の小説『砂の女』の状況を想起したりします……


 海岸でバーベキューするグループを多く見かけますが、陽気のいい日には誘われる衝動も理解できます。
 ですが、上空にはトンビやカラスの群れが集まるし、風が吹けばお皿の上は砂だらけ、という状況です。
 まあ多少の砂を食べても、お腹を掃除してくれるかも? という認識でいいんでしょうね……(上写真はヘッドランド付近の磯遊び)

 ここは、ヘッドランドとサザンビーチの間に設置されたボードウォークにある、木造の展望デッキです。
 砂の影響や、木材の腐食等はありますが、気持ちのいいデッキなので人気があり、この日も盛況でした(広くありません)。
 右写真は柱があってよく見えませんが、若い兄ちゃん3人組が肩を並べてゲームか何か(?)に夢中です。
 若い男の3人組を目にすると、どうも苦笑いしてしまいます。
 特段に思い出は無いのですが、最初の2人が顔を合わせて「アイツも呼ぶか」と、身近な仲間は集まっても「で、何する?」と、当てもなくダラダラと時間を過ごしてしまう昼下がり、なのではあるまいか? と。
 彼らがそうなのか分かりませんが、そんな無駄遣いと思える時間の過ごし方も、「まったりとした」等の表現を使うと、将来振り返ったときに、「ぜいたくな時間だった」と思えるのかも知れません……


 茅ヶ崎には名の知れた名称を持つ通りがあります。
●雄三通り
 かつて加山雄三が住んだことにちなむも、以前は父親の上原謙が暮らすことで、父親の名で呼ばれていたそうですから、名称は世襲制のようです。
●サザン通り
 海水浴場名を「サザンビーチ」に改名(1999年)したことに伴い(サザンオールスターズにあやかり、大盛況だそう)、ビーチへと続く通りに命名(2000年)。
●ラチエン通り
 サザンオールスターズ『ラチエン通りのシスター』で名が知られますが、ドイツ人貿易商のルドルフ・ラチエンが住んだ邸宅があり、彼が桜並木を作ったこと等に因むそうです。

 やはり、加山雄三や、桑田佳祐のような人を「海の子」と言うのでしょうから、「湘南ボーイ」の敷居は高そうです……(上写真は茅ヶ崎漁港)


 上写真は、相模川河口付近で飛び回るカイトサーフィンです(風が強いと宙づりになります)。
 それぞれの目的に適した場所で、海のレジャーを楽しんでいるようですが、先日この付近で水上バイクの事故がありました。
 茅ヶ崎付近のサーファーには、オッサンが多いような印象もあるので、くれぐれも、無理をしませんように。
 でも彼らが「海の子」だったら、部外者が物言うことではありませんね……